2016年3月31日木曜日

高橋、白川村から卒業します。

突然のご報告になりますが、この3月をもって白川村の地域おこし協力隊ならびに白川村から卒業します!



Web上ではほとんどそういった情報を伏せていたものですから、この場でのお知らせになってしまった方は本当に申し訳ありません。

一応、今日(3/31)までが任期ということになっていますが、4月から新しい生活をスタートさせるので、すでに引越しも済ませ、このブログは新居で書いています。

大学を卒業後、東京や大阪でWebディレクターとして働いた後、白川村に飛び込んだのは2014年1月のこと。地域おこし協力隊の活動は3年というのが一般的であり、2年3ヶ月で卒業するのでお伝えしたいのは、私の退任が協力隊でよくあるネガティブな理由ではないということ。白川村で過ごした2年3ヶ月は、僕の人生の中の本当にかけがえのない宝物です。こんなにも笑って、自分らしく楽しく暮らすことができたのも、白川村の人々が私を受けれいてくれて、暖かく見守ってくださったからこそ。改めて、本当にありがとうございました。

私が出会った白川村の人々は、自身の地域に誇りを持っていました。白川村の文化を次の世代に繋げていこうと協力しあっています。その姿を子供たちにみせることで、子供達が大人になった時、同じように文化を守っていく。白川村がいつまでも白川村らしくあるために、自分たちでこの村を守っていく。そんな姿を見れば見るほど、その想いに触れれば触れるほど、溢れてくるのは自分の故郷に対する想い。白川村の人々がそうであるように、私も自分の故郷に誇りを持ちたい。自分の家族や故郷が守ってきた文化を繋げるために私も生きたい。そう感じるようになりました。

私はこの4月から生まれ育った群馬県に戻り、富岡市で新たに地域おこし協力隊として活動を始めます。地域おこし協力隊は任期後もその地に定住という”期待”があったりするので、協力隊を渡り歩くのはイレギュラーなこと。(任期2年以上の隊員は 別の地域に移籍することは制度的にも認められているのですが。) それでも私は故郷に帰る決断をしました。

私の家系は昔から繭の仲買という仕事をしていて、父は日本で最後の仲買商です。私も幼い頃から親の仕事を手伝ったり、養蚕文化に触れてきました。富岡製糸場は世界遺産になりましたが、その文化の根底にある養蚕農家は減少する一方。今度は、富岡市の地域おこし協力隊として養蚕文化を守る活動を始めます。

都会で働いていた頃、自分がこんな決断をするなんて思ってもみなかった。白川村での経験や白川村で出会った人々が僕にこの決断をさせてくれました。

もちろん、白川村とはこれでさよなら!なんてことはまったく思ってなくて、合掌造り家屋というのはもともと養蚕に特化した建物だし、同じ世界遺産というつながりもある。世界遺産の白川郷と富岡製糸場を繋ぐ架け橋にもなっていきたいと考えています。


あなたにとって故郷はどこですか?と聞かれたら、胸をはって「ぐんまけん!」って答えるけど、「心の故郷は白川村です」って付け加えます。白川村にはまた会いたいって思える人々がたくさんいるし、これからもつながり続けたいっって思っています。


最後に、今まで撮りためた写真をスライドショーにしました。
引越しのバタバタで作り込みが弱いけど、卒業制作だと思ってください。

本当に、白川村がすきなんやさ。めっちゃいいところ、なんやさ。

充実した日々だったなー!




白川村地域おこし協力隊さんの投稿 2016年3月31日




さいごに

石井君は風邪でお休みな、白川村ナイト@リトルトーキョー

白川村の地域おこし協力隊の6人の仲間達と行政担当の高島さん!みんながいたから、ここまでこれた。本当に個性豊かでパワフルな仲間に恵まれました。最高のチームだったと思う。私は一足先に旅立ってしまうけど、これからみんながどこにいてもなにをしてても一生の仲間だと思っています。餞別にもらった「ひだ富岡」のTシャツのように、地域を横断した活動ができるようにがんばります。


これにて、高橋淳の白川村 地域おこし協力隊としての物語は終了。今まで本当にありがとうございました。それでは、いつかまたどこかで。それまで、どうかお元気で。


1 件のコメント:

  1. 同期から後輩になるわけだな(*´ω`*)!
    二年間お疲れ様!
    By米澤

    返信削除