2016年6月10日金曜日

最後のお仕事

任期最終年が始まったばかりですが、6月末日を協力隊を退任します。
飛騨地方には残らず、拠点をまた関東に戻します。


白川村は、本当に豊かな自然や温かい人たちばかりで
何不自由なく過ごすことができました。
特に文化財だった合掌造り家屋で過ごした1年は、自然のリズムと歴史の重みを
日々全身で感じるまさに野生の生活で、自分の中の考えや感覚を探ることができました。

村役場では立場に半ば縛られず、自分ができることは全てやろうと、
村のおじいちゃんとのグランドゴルフから中央省庁での勉強会まで、
あらゆるジャンルに顔を出したり、呼ばれては、話をしたり、提言したり、
実際にアクションを起こしてきました。
 しがらみがない分、ある意味言いたい放題、やりたい放題に
感じられていた点は多分にあったと思います。
とにかく村に来て感じたのは、このままでは本当にダメになってしまうという危機感と、
まだまだ眠っている村や日本、地方のポテンシャル。
限られた時間と日々で、どれだけ波が起こせるのか、それが間に合うのか、
そんな衝動に突き動かされ続けた2年3ヶ月でした。 

さらに、東京を離れた時には予想もしなかったような、
多くの人との出会いや出来事と、これによって、過去の経験や出来事の
意味が次々と変わり、随分見える景色が変わりました。 

激動かつ野生と危機感に溢れ、きっとある意味本能に向かい合う日々を経た上で、
30代も半ば、なぜ自分がこうした流れの中にいるのか、
これから死ぬまでに世界に何を残したいか、そのために何に大事にしたいか考えた時に、
ひとところにとどまり、自然豊かな場所で穏やかに暮らすよりも、
今はまだ、動きながら、ジャンルを超えて出会った要素をつなぎ、
関わる仲間や家族、縁ある人たちに、アイデアをパワーを、ハートにスイッチを入れられる存在でいたい。
それがずっと自分が熱中できる様であり、原点であり、好きなことだと気づきました。 
 そしてこれにフォーカスするのに、今の身分や枠組みは窮屈になってしまうため、
村を離れることにしました。

相変わらず、一人では何もできないけれど、自分が介することで、人や物事がつながれば
もっとワクワクできることが世界に増えるんじゃないのかという微かな手応えと
今漕ぎ出さないで、いつ出るんだってくらい、波が上がって、点が線になりつつあります。
アイデアを出すスタイルも、だいぶ変わりました。
目指す未来や姿勢がはっきりして、OSもアップデート、自然に揉まれ断食も経て、デフラグも完了。
まだまだゴールは遠そうだけど このセクションを超えると、
もっと楽しいフィールドが広がってそうな予感です。

7月からは、すでに動き出していますがもっと大きな枠組みで
ものごとを見つけたりつなげ、発する存在としていろいろなチームや場所に携わっていきます。
山に住むのを満喫したので、次は海の近くに。ではないけれど、色々と縁ができた逗子に住みます。

マーケティング担当として最後の仕事は、
隊員一人一人が記事を書いている中日新聞の連載企画、
「好きなんやさ!白川村」栄えある6月9日のロックの日に、自分の記事が掲載されました。 


 We don't meet people by accident. They are meant to cross our path for a reason.
「人は偶然に出会うのではない。何かの理由があって、お互いの人生の道が交差するように運命づけられているのだ。」

ロフトワークの諏訪さんのブログにあった、最近気に入った言葉です。
村のみなさん本当にお世話になりました。
知らなかった土地や人たちとの出会いに恵まれた2年間、今ではそれが必然だったかのような、
自分の中では1つ1つが大切なもので、自分を理解し、かたちづくる要素になりました。
あと少しの間、初夏の白川村を最後まで満喫して
新しいステージに、次のコトに向かいたいと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿