2016年9月4日日曜日

9月3日インターン生日報

93
白川村 一般社団法人ホワイエ 
インターン生 何勤

  山本屋での手伝い二日目になり、前日とまだく同じ作業をするので、今日はどんな話を聞こうかな、どんな働きを出したほうがいいなど心配をしながら、道を歩いてた。人の動きを感じるのが好きなので、山本屋に行く経路は旧花植家―国道―荻町地区公園(旧駐車場)-山本屋を選ぶ。山本屋と公園の間に渓流が静かに流れて、複数の魚がのんびりして泳いでたのを見た。その時、子供たちの声を聞こえて、今日の新しい出会いの予感。

 山本屋での手伝い事情;
 基本ホスト:お客さんが来たら、「こんにちは」で挨拶。注文や支払いを受けてから席を案内いたする、そばが出来上がったら運ぶ、お客様が下げたあと片付ける。
 中国人、台湾、香港のお客様が来たら、特別対応を行う。
1)   メニューの説明について、特に日本語を興味がある人に対して、適当な説明を行う。
2)   そばの食べ方の紹介、興味を持ってたものについて説明。
3)   「意外」な(普段、日本人はしない)ニーズについて対応、グラスの保温カープを渡して、「お湯をください」と要求する。そのままグラスにお湯を入れてまたお茶になる。中国人のお客様だと間違いなく。
山本屋のランチセットメニューを翻訳した、もっと注文しやすくように。

ちょっと早いかもしれないが、10時頃店に着いた。二人かわいい子供がいた、宿題をしているねって。簡単な挨拶をして、「日本人ですか?」「日本人みたい」などバンバンで質問がどんどん来て、順番で答えて上げたあと、集中力が宿題に戻った。一人は弟、頭がいいで目が澄んでいる。一人は姉、より静かで弟に優しい。田舎での遊びと自分が遊んだことを話したな。11時になると、営業が始め。二人は映画を見ていた、そのあと遊びに出掛けた。
山本屋での手伝いは、中国人なので。ほぼ中文系観光者を対応する担当、台湾、香港、中国のお客様が来ないと、自分が存在感が薄く感じることになりやすくて、結構ドキドキしていた。店が忙しい時と暇ときはすごく激しくて、山本さんたちと交流しながら、外来、固有観光者たちと話すのもした。そばを運ぶ以外は結構話していた。
二日間とも、三時に閉店して、山本さんといろんな日中農村印象の事情を話した。楽しかった。ぎりぎりスーパが閉店する前出て、夜の食料を用意しに来た。

白川郷では。。。いいえ、いいえ。どこでも、両親がいなくなっていく、自分が子供を育て、自分も去っていく。その上に対して思い、下に対して伝えたいものの中、「帰る場所」がある。自分の経験しか言えないばかりけど、一時帰国するときちょっとお盆の時期だった。おばあちゃんが地家の丘に土葬しているので、父さんが鎌を持って、一緒に挨拶をしにいた。草刈りの手作業をしたかったけど、慣れなくて、痛くてお父さんにせき立てられた。山を下がる途中、父さんが頭を振り返って「ほら、おばあちゃんの反対側で、俺の墓はあそこに決めたぞう。覚えとけ」って、背を私に向いて顔を拭いてた。あそこも私の「帰るべき場所」でもあった。
ですので、何回も「日本で就職したいか」と聞かれても、何回も「日本で働いてみたい」と答えても、その職場は私の帰る場所になれない。そうした中国人たちが毎年のお正月に全国範囲で移動する大混乱を起こし、都市から田舎、田舎から都市。
荻町地区での子供教育、子供たちの遊び、価値観、は山本さんが注目しているところであったかなと思った、この二日間の話によると。子供時代の体験はその人の人生の形を決める、特に「根」(帰る場所)を決めるだろうね。
荻町は特別で、日本一で、建物を維持するため、過疎化を止めるため、どちらても大変な作業だった。頭が痛くらい。その環境の中の営業は、お金を稼ぐより、家族との時間はもっと大切だと主張してた山本さん。

まだ、いろんな話を山本さん聞かれると思うので、二日だけの時間が短くと感じる。けど、いい刺激でもあった。今度のインターンにどんどん期待してきた、明日はどんなステップに入るかな~柴原さんに任せればいい。


二人子供の関係を見て、自分の従妹であるお兄ちゃん、お姉ちゃんとよく似てた。



プレゼントにした、山本屋。

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